ある産婦人科医のひとりごと:
肺血栓塞栓症(PTE)は発症すれば極めて重篤で、無治療では18~30%が死亡する。欧米においては、以前よりPTEが妊産婦死亡率の第1位を占めてきた。従来、わが国においてPTEは比較的まれとされてきたが、近年急速に増加し、最近はわが国でも産科的塞栓(PTE、羊水塞栓症など)が妊産婦死亡率の第1位(2008年度)となっている。 PTEは予防対策が非常に重要である。
深部静脈血栓症(DVT)
deep vein thrombosis
[定義] 深部静脈(下腿静脈、大腿静脈、骨盤内深在静脈など)で血栓形成が起こったもの。
深部静脈の血栓性閉塞により静脈の還流障害、下肢のうっ血をきたす。急性期の治療が予後に大きく影響するので早期診断が重要である。肺血栓塞栓症(PTE)を合併すると時に致命的となることもある。
[頻度] 妊婦におけるDVTの発症頻度は非妊婦の5倍。多くは産褥期に発症する。産科におけるDVTの4~5%が肺血栓塞栓症(PTE)につながるといわれる。
[血栓の好発部位] 下肢DVTの発生の約90%は左下肢にみられる。(左腸骨静脈の前面に右腸骨動脈が走行し、左腸骨静脈が圧迫され血流の停滞が生じやすい。)
[症状]
①軽~中等症:
下肢の腫脹、鈍痛、浮腫、表在静脈拡張、立位におけるうっ血色、足関節の背屈により腓腹筋部に疼痛を訴えるHomans徴候。大抵の場合、初期症状は軽く、下腿が張る、つるなど筋肉疲労様の症状を訴えることが多い。腫脹も立位で健側と比較しないとわかりにくい。
②重症:
急激に進行する下肢の腫脹、緊満痛および特有の色調(赤紫色)、静脈還流障害により動脈流入が阻害され、二次的な虚血症状を示すこともある。
・ 有痛性赤股腫: 広範な静脈血栓が深部静脈本幹のみならず筋内分枝や表在静脈にまで形成され、動脈血流入も停止し、患肢は壊死する場合もある。
・ 有痛性白股腫: 閉塞が主に大腿静脈領域にあって二次的な動脈けいれんを伴う場合には、下肢全体におよぶ腫脹がみられるが、皮膚はむしろ蒼白となり、皮下小静脈は拡張して網状を呈する。
・ 有痛性青股腫: 閉塞が腸骨大腿静脈のみならず広範に筋肉枝などにも及ぶ場合には、下肢の浮腫性腫脹は高度となり、うっ血のためにチアノーゼを呈して有痛性青股腫(重症血栓症)と呼ばれる状態となり、栄養障害が高度な場合には静脈性壊疽をみることがある。
③理学所見:
・Homans' sign: 膝関節伸展位で足関節を背屈させると、腓腹筋に痛みを感ずる徴候。
・Pratt's sign: 腓腹筋をつかむと疼痛が増強する徴候。
・Lowenberg's sign: マンシェットで加圧、150㎜Hg以下で疼痛を訴える徴候
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DVTの診断
①臨床症状により疑いをもつ
②血液所見:
FDP、D-dimmer、TAT、PICなど凝固線溶マーカーの上昇。CRP、白血球数の増加。抗リン脂質抗体陽性やプロテインC、アンチトロンビンの低下等も本疾患を疑う要因となる
③超音波検査(最初に行うべき簡便な検査、膝窩静脈レベルまでの精度は高い。)
・圧迫法:
正常では静脈がつぶされて動脈のみが描出される。血栓があると血管を圧迫しても静脈がつぶされず静脈が円形のまま描出される。
・カラードプラー法:
正常では動脈・静脈ともに血流が描出される。血栓があると静脈の血流が停滞するため動脈血流のみが描出される。
④CT、MRI:
直接血栓部位や血栓の大きさが同定できる。腸骨静脈より中枢ではCT、MRIが有用である。
⑤下肢静脈造影:
閉塞部の陰影欠損と拡張した側副血行路の増生を認める。
⑥DVTの診断がついた場合には、PTEの有無を検索する。
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肺血栓塞栓症(PTE)
pulmonary thromboembolism
[定義] 静脈、心臓内で形成された血栓が遊離して、急激に肺血管を閉塞することによって生じる疾患である。その塞栓源の約90 % 以上は、下肢あるいは骨盤内の深部静脈血栓症(DVT)である。
[予後] 無治療の場合18~30%が死亡する。
[頻度] PTEの発症頻度は妊婦で10万例に1例、産褥婦で2000例に1例である。産科におけるPTEは産褥期に発症することが多く、そのほとんどは帝王切開後である。
[症状] 突然発症する胸部痛、呼吸困難、頻脈。
進行すれば血圧低下、チアノーゼを呈し、予後不良。
※ DVTの局所症状がなく、突発的に発症することがある。
※ 帝王切開後の初回歩行時に発症することが多い。
妊娠期間中は凝固能が亢進することより、非妊娠期間に比べて血栓塞栓症が起こりやすい。PTEは比較的まれな発症率ではあるが、発症すれば極めて重篤(死亡率:18~30%)で、欧米ではPTEが妊産婦死亡の第一位を占めている。
わが国の調査では、1991~1992年の2年間の妊産婦死亡例中、詳細な死亡原因分析が可能であった197例のうち、PTEが原因とされた死亡例が17例あり、死亡原因の第三位であった。また、帝王切開後PTEはPTEによる死亡例全体の76.5%(17例中13例)であった。
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厚生労働省「人口動態統計」によれば、産科的塞栓症は、死因別で第1位の妊産婦死亡率となっている(2008年)。静脈血栓塞栓症予防対策の浸透により、最近では肺血栓塞栓症発症数が減少し、予防効果が表れている。しかし、肺血栓塞栓症の重症例では依然として救命が困難である。いかに早期に診断し、早期に治療するかが救命のポイントである。
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PTEの診断
①血液検査:
白血球↑、ヘマトクリット↑、血小板↓、CRP↑、LDH↑、TAT↑、PIC↑
②血液ガス:
肺動脈圧上昇、PaO2の低下とPaCO2の低下(多呼吸による)
③心電図:急性右心負荷の所見
洞性頻脈、不整脈、前胸部誘導での陰性T波、V5の深いS、新しいSQTパターンや不完全右脚ブロック、右軸偏位
④胸部X線写真:
心陰影の拡大、横隔膜の拳上、肺門部肺動脈の膨隆(Knuckle sign)、末梢血管陰影の消失(Westermark's sign)。
⑤MRI、造影CT:
肺塞栓部の同定や梗塞病変の広がりを診断することができる。
⑥肺動脈造影:
PTEの確定診断に有用。血栓による血管内の陰影欠損像(flling defect)、血流途絶像(cut off)、壁不整など。閉塞部位を同定した後、引き続き挿入したカテーテルより血栓溶解療法を行う。
⑦肺シンチグラフィ(核医学検査):
肺血流スキャンで血流欠損、肺換気スキャン正常(肺血流換気不均衡)。
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静脈血栓塞栓症(VTE)
venous thromboembolism
PTEの原因のほとんどがDVTであり、またPTEはDVTの合併症でもあることから、欧米では両者を一連の病態と考え静脈血栓塞栓症(VTE)と総称することも多い。
数々の大規模臨床試験に立脚したVTE予防ガイドラインが実診療に浸透している。
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VTE(VTE、PTE)の危険因子
①産褥期、とくに帝王切開術後
②肥満妊婦
③高齢、多産婦
④静脈炎
⑤長期臥床(切迫早産など)
⑥高ヘマトクリット血症(Ht≧37%)
⑦抗リン脂質抗体症候群
⑧感染症
⑨糖尿病
⑩既往歴・家族歴に血栓症 等
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産婦人科診療ガイドライン・産科編2008、p10~12
妊婦肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症のハイリスク群の抽出と予防は?
Answer
妊娠中には
1.危険因子(悪阻時の脱水、長期安政臥床、肥満、高齢等)のある妊婦には下肢挙上、膝の屈伸、足の背屈、弾性ストッキング着用などを勧める。(C)
2.最高リスク妊婦に対しては2004年肺血栓塞栓症/深部静脈塞栓症予防ガイドライン(表1)に準拠し妊娠初期から未分画ヘパリン投与を考慮する。(C)
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3.ワルファリンは催奇形性のため妊娠中は原則として使用しないが、例外的に母体の心弁膜置換術既往例では考慮される。(A)
4.未分画ヘパリン投与時にはPT、APTT、血小板数、肝機能などを便宜測定する。とくにHIT(heparin-induced thrombocytopenia)には注意し投与開始5~7日目頃に血小板数測定を行う。(B)
分娩周辺期には
5.分娩産褥期では同ガイドライン(表1)に準拠して血栓予防に努める。(B)
6.分娩後に間欠的空気圧迫法を行う場合は分娩前に問診・触診を行い下肢の静脈血栓症の有無について検討しておく。(C)
7.帝王切開は砕石位を避け、仰臥位あるいは開脚位で行う。(C)
8.低用量未分画ヘパリン投与はヘパリンカルシウム(有益性投与)などを用い、帝王切開後に用いる場合は術後6~12時間後より(止血確認後は直後からでも可)5000単位を1日2回皮下注、3~5日間投与する。(B)
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妊娠中にDVTが発症した場合の治療
1. DVTのみであり、PTEを合併していない場合
抗凝固療法が第一選択:
①ヘパリン5000単位静注後、15000~20000単位/日の持続点滴。
または、
②ヘパリン5000単位皮下注射後、15000~20000単位/日の1日2回皮下注射。
または、
③低分子ヘパリン(フラグミン)100IU/kg、1日2回皮下注射。
発症直後の血栓溶解療法は有効。ただし、妊娠中は出血や常位胎盤早期剥離の危険があるため、妊婦への投与は原則として行わない。
2. PTEを合併している場合(集学的治療)
①呼吸循環動態の改善(高次機関やICUに搬送)
・中心静脈カテーテルやSwan-Ganzカテーテルを留置し循環管理。
・酸素吸入や人工呼吸器による呼吸管理。
・抗ショック療法(ステロイド、塩酸ドーパミン、塩酸ドブタミンなど)
②薬物療法
・抗凝固療法:ヘパリン(第一選択)、低分子ヘパリン、
ワルファリン(症状が安定してきたら使用、催奇形性があるため妊娠中は使用しない)
・血栓溶解療法:ウロキナーゼ、tPA
③外科的療法
・人工心肺を用い直達式肺塞栓除去術(ショック、低血圧、乏尿が持続する場合)
・血管内視鏡やカテーテルによる血栓吸引療法
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VTE(DVT、PTE)の予防法
・ DVTの予防を行うことによって、分娩後のPTEの発症予防につながる。
・ DVT、PTEをきたすリスクのレベルによってそれぞれ行う予防法が異なる。
・ 帝王切開中や術後臥床中での下肢挙上も静脈環流を促進させる。
・ 高リスク妊婦には、長期安静臥床、脱水状態、各種炎症性疾患、著名な下肢静脈瘤なども含まれる。
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早期離床
・ 長期臥床はDVTを発生させる大きな要因であるため、分娩後はなるべく早期に離床させることが望ましい。
・ しかし、急な離床はPTEを発症させる可能性があるため、離床のための準備(ベッド上での積極的な運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法など)が必要である。
・ PTEは帝王切開後の初回歩行時に最も起こりやすいため、初回歩行時にはスタッフが必ずついて監視する必要がある。
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筋ポンプ
・ 下肢の静脈の血液は重力に逆らって心臓まで戻る必要があるが、これには心臓が血液を送り出す力の他に下肢の筋と静脈の弁によって構成される筋ポンプが大きな役割を果たしている。
・ 長期臥床などによって筋ポンプの機能が低下すると、血液が停滞し血栓ができやすくなる。
・ 歩行によって下肢の筋肉が収縮、弛緩を繰り返すと、静脈の弁が開閉して、血液を心臓の方へ送り出す。
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弾性ストッキング
・ 下肢を圧迫して、静脈環流を増加させ、下肢の静脈での血流停滞を防ぐ。
・ 入院中は、術前術後などを問わずリスクが続く限り24時間着用を続ける。
・ ストッキングによる圧迫圧の強さは、静脈環流をより促進するように、足首から大腿に向かって段階的に弱くなっている。
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間欠的空気圧迫法
・ 長期臥床が必要となるときには、DVTを予防するため間欠的空気圧迫装置で人工的に外部から下肢圧迫をくり返し行う。
・ 帝王切開など手術が必要なときは、術前から装着を開始して、術中も装着したまま行い、術後は十分な歩行が可能となるまで装着を続ける。
・ すでに血栓が存在する場合は、間欠的空気圧迫法は血栓を遊離させる危険性があるため実施しない。
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